物資の積み込み作業と、人力でのガソリン給油

灯油、米、水、お菓子、カイロ、防寒着、タオルなどの物資を積み込んでいる様子です(左)。被災地ではガソリンスタンドは津波で流されていましたが、地下にあるガソリンタンクは無事で、人力でガソリンを支給しました(右)。

被災地の小学校でのコンサート

岩手県のA小学校でのコンサートの様子です。1年生が特にノリノリでした。演奏に合わせて、全身でトトロの「さんぽ」などを歌ってくれました。

泥だし作業

海から2Kmぐらいの場所にあった事務所も、1.5m床上浸水の被害に遭っていました。次の日に海水は引きましたが、3cmの泥がたまっており、そのこびりついた泥を掃除している様子です。

岩手県での炊き出し

岩手県大槌町で行った炊き出しの下ごしらえをしている様子です。250人分の食事を用意することは相当な力仕事でした(左)。右の写真は、岩手県陸前高田市での地域の人々との昼食会(炊き出し)です。

被災した家の修理と、一軒一軒回っての物資支給

地震でかみ合わせが悪くなり開閉できなくなってしまったAさん宅の扉を、修理している様子です(左)。被災地の一軒一軒に声をかけて、物資を届けました(右)。

2011年9月30日

第20次:9月25日(日)~29日(木) 岩手県大槌町

今回は男3人、女1人の4人体制でむかいました。遠野市や、大槌町の地元のボランティアセンターを通しての活動が多かったですが、顔なじみの人々に会うチャンスにも恵まれ感謝な時を過ごせました☆

主な活動は「いんげんの収穫」「ぐるっと大槌(物資配達、安否確認 など)」「泥だし」「物資配達」でした。毎回訪問するたびに、復興が進み、何か新しいことが始まっています☆

これからの復興も楽しみです!私たちにできることは小さなことですが、精一杯できることを地元の人たちと一緒にやっていきたいです☆

9月25日(日)

1:30 教会出発

20:30 遠野まごころネット着、登録し宿泊

9月26日(月)

6:00 起床。朝食後

7:30 遠野市ボランティアセンターに毎日求人募集を出しているファームにむかい、社長から仕事の説明を受ける。このボランティアは元々被災者の方が働けるようにという事であったが、被災者の方で参加する方が少なく、ボランティアの方々に声をかけるようになったようです。

8:00 いんげん畑に到着。広さは6反あるそうで、カゴとハサミを渡され説明を受ける。お天気が曇りで暑くも寒くもなく仕事はしやすかった。当初午前までにして、体力の具合で午後を考えていたが、全員5時まで実施できました。休み時間に「アガペー」の意味を聞かれる事もあった。岩手ではジャージ牛は赤いので赤牛というらしく、方言では「アカベコ」といい、「アカベ」という言い方もあるので、その事かと思われたとか。私たちが東京の教会の牧師たちである事も知ってもらえ、自然の中で良い時を持てて感謝。

17:00 仕事終了

17:40 遠野市の「まごころネット」に帰り、ミーティングに参加し、そこでの有料炊出しを頂きました。寝泊まりする体育館では、いんげん収穫で一緒だったO○さんという方がお隣でしたが、近くの人に「アガペーというのはギリシャ語で愛なんだぞ」と早速話してくださっていました。

9月27日(火)

6:00 起床、朝食。

7:30 遠野出発。最近では、笛峠を越える時に、毎回「鹿」に出会います。とてもかわいいです。



大槌町のがれきも、町の中では相当少なくなり、どんどん更地になってきています。



8:30 大槌ボランティァセンター着。登録後、城山公園から市内を見学。ローソン横のサテライトに行き、そこから桜木町の個人宅の草取りをする事になりました。

9:30 現地に案内されると、前回のチームがかなり草取りをして下さっており、残った奥の部分や、庭木にからんだツタを取ったり、ゴミを拾ったりの仕上げをしました。作業としては、昼休みを挟んで2時には仕事を終えてサテライトに帰る事が出来ました。その個人宅は、かつて一人暮らしのおばあさんが住んでいたが、現在はご子息の所に移られ、誰も住んでいないとの事。しかし作業をしていると、数軒先のおばさんや、隣地の大工仕事に入っておられた方たちが声を掛けて下さいました。




14:00 サテライトに戻り、報告書を書いた後、サテライトの中で行われていた「写真返却展」を見学。自衛隊や多くのボランティアさんたち(アガペーCGNでもほんのわずかですが、協力させていただきました)の手によって、再び持ち主に戻る日が来ることでしょう。



14:30 ある地域を訪問したときに、Oさんという体の不自由な方が電気自動車に乗って来られたが、この方は11年前に脳卒中で半身不随になった後、リハビリで絵を始められ、色鉛筆画を年間300枚ほど描いておられるということで、仮設カフェにも作品が展示してありました。震災時には家が流され、奥さんも流され、作品も流されてしまったが、今一緒に住んでいるお姉さんに助け出されたということです。私たちが興味深く聞いていると、家に戻って今までの作品のコピーを見せて下さった。作品を見ると風景画から静物画、人物画まで、あらゆるものを精力的に描いておられるが、独学とは思えない素晴らしい出来栄えです☆現在、現物は流されてしまったが、コピーをボランティアの方にパソコンに読み込んでもらっているようです。


地区の代表の方に少し物資の事を話すと、必要な方々に分けていくので喜んで頂くとの事で、淡路玉ねぎ2箱、遠野で買った梨を20個ほど、ツナ缶5ケース、靴下を少しお渡ししました。

16:45 遠野市の初めての宿泊所に向かう。ある個人の方がボランティアのためにという事で1泊2食風呂付で3800円で泊まれる情報があったのです。民宿開業の手続きを取っているわけではないので、現在は広告を出しているわけではないそうですが、ボランティアの宿泊先が無いという事を聞いて、ボランティアの方々にボランティアをするつもりでやり始めたということです。最初は3000円でやり始めたが、とても採算が取れなかったようです。

9月28日(水)

6:00 起床。オーナーさんは粘土細工の先生をしており、部屋には作品が一杯展示してあった。またボランティア活動にも携わっており、ボランティアさんがいないと復興は何も進まないと語っておられました。またメディアでは物資は間に合っているといっているが、中心部だけで、箱崎や端々の地域では、物資がまだまだ足りないとの事で、協力して下さる方々があって物資を送って下さるので、ご自分でも物資を届けたりしているようです。仮設住宅も地域によって情況がまるで違うとの事。


8:00 大槌に向かう。

9:15 大槌ボランティアセンターに着き、2チームに分かれて活動しました。1つのチームは、仮設住宅を回って野菜販売をする「ぐるっと大槌」の車に同乗し、その手伝いをする。もう一つのチームはサテライトを通して、安堵地区の泥出し作業に当たりました。

「NPOぐるっと大槌」は大槌町の仮設住宅を順番に回ることで、小槌の地元の野菜を売るだけでなく、住んでいる人たちの様子を伺ったり、マスコットの「おおちゃんとこづちちゃん」を仮設の人に作ってもらって、収入の助けにする活動も行っていました。代表の方は、大槌の復興について、企業誘致や盛岡への幹線道路の整備、または、老人福祉地域としてまったくリセットされた地域として特徴ある地域にするなどいくつかの構想をもっており、熱心に語って下さった。大槌復興のためには、やはり外部からの協力が必要であることと、長期的な復興計画の前に、この2、3年間に大槌から人が離れて行かないために仕事を得るための対策が必要だと強調されていました。今回一緒に回ることができた仮設は4か所だけだったが、仮設の人々の声を聞く事ができ、また地元の人々の話しを聞く事ができたこと、復興へと立ちあがっている人々の熱意と努力を知る事ができて大変有意義でした。






「泥だし」チームは、建物の瓦礫が撤去された跡地で、残った泥やゴミ、草等を片づける作業で、泥が乾燥した時に出るホコリから地域の子供たちを守るために始めるようになったようです。お天気の中での土方作業なので少しきつかったですが、休憩を取りながら2時半頃終了しました。

15:30 その後、ある地域を訪問したときに、5キロ離れた仮設住宅まであるおばあさん送迎しました。彼女は家で和裁の内職をしており、出来たものを届け、新しい材料をもらいに来たようですが、バスは朝6時、8時と夕方ぐらいしかないらしく、車のない方々には非常に不便な生活です。ある地域の代表の方に物資の話をすると、喜んで頂きたいとの事で、玉ねぎ2箱、梨36個、ツナ10ケース、ミネラルウォーター2ケース、靴下1箱を物資倉庫に運びました。そこには物資らしいものは殆どないように見えました。

16:30 大槌を出発し、遠野で買い物をした後、一関へ。到着後、夕食、風呂、就寝。

9月29日(木)


6:30 起床。朝食。
8:00 拠点の整理、掃除。
10:00 一関拠点出発。
16:30 教会着。

第19次:9月11日(日)~15日(木) 岩手県大槌町、福島県郡山市

9月11日(日)

毎月11日の「東日本大震災3・11復興支援超教派一致祈祷会」に参加しました。その後、今回のミッションのミーティングと積み込み。

9月12日(月) 東京→岩手県一関市

朝6時過ぎに、ハイエース(車)に荷物をパンパンに詰め込んでの出発です。今回は、アメリカから船で届けられた子供服と、子供靴の物資配布です。靴だけは、先週3日間かかって各保育所、幼稚園ごとに仕分けしました。


お昼過ぎに一関の拠点に到着。昼食後さっそく、各園ごとに人数分の服を分けました。ある有名メーカーからの提供です。簡単な作業のようで0~6歳児の服を7つの園に仕分けするのに3時間以上かかりました・・・。

2011年9月29日

第18次:9月5日(月)~8日(木)  宮城県気仙沼市、岩手県大槌町

9月5日(月) 東京→宮城県南三陸町、登米市

8時15分に集合。今回は青年チームです。


詩編121編を心に刻み、お祈りの後、出発。まずは、多くのキリスト教会が支援している南三陸町を訪問しました。それぞれに、感じたことがあり、お祈りの時をもちました。

漁業関係の人のお話を聴きました。一年以内(早期)に収穫できるとのことで、わかめの養殖の準備をされていました。



人の作った車も、電柱も未だに無残な姿のままのものもありました。



その一方で、この日は海が穏やかで、とてもきれいでした。半年前に大きな津波があったとは信じられないぐらいに美しい海でした。


宿泊する「サマリタン・パース登米市キャンプ」に到着。大きなドーム型のテントで宿泊しました。実に様々な国から多くのボランティアがきていました。




9月6日(火) 宮城県登米市→宮城県石巻市→岩手県一関市

6時起床、7時デボーション。7時半に出発し、「サマリタンパース」を通して、宮城県石巻市のKさん宅にむかいました。「壁はがし」「断熱材の除去」「すべての釘ぬき」などの大工工事をするまでの作業をさせていただきました。それぞれに精一杯できることを出しきりました。







9月7日(水)  岩手県一関市→大槌町→遠野市

6時起床&デボーション。7時半には拠点の一関を出発し、大槌町にむかいました。




午後には、いつもお世話になっている地元の方たちと合流。彼らと一緒に、現地で仕入れた野菜をもって、約20人の高齢者や、体の不自由な方々の安否を伺うために仮設住宅を訪ねました。





9月8日(木)  岩手県遠野市→陸前高田市→東京

6時起床。7時15分に遠野市のボランティアセンターの全体朝礼。


8時より館内清掃ボランティアをさせていただきました。10時15分陸前高田市キリスト教会のM先生を訪問しました。夜20時頃東京に到着しました。

2011年8月30日

被災地子供リフレッシュキャンプ in 駒ヶ根:8月21日(日)~24日(水)

福島市から長野県駒ケ根パノラマ愛の家に40名受け入れ(内25名は幼稚園児~高校生)させていただきました。主催は、この度設立された「被災地子供リフレッシュ・ボランティア・駒ケ根」(事務局:愛の家内)ですが、13団体の協力、71名以上のボランティアが与えられ感謝でした。それぞれの賜物を活かして、食材・物資・バスの提供、調理・運転・演奏・エンターテーメント等の活動に喜んで仕えさせていただきました。バスから降りるとまず深呼吸を何度もして「空気がおいしい☆」と皆大騒ぎできた☆一番心に残ったのは「空気がきれいだったこと」「川遊び・沢遊び」「流しそうめん」「友達とキャッチボールをしたこと」・・・と言う子が多かったのですが、全てのプログラムに感動の連続のようでした。


流しそうめん

水遊びに大喜び

川遊び、沢遊び カニがいます!

駒ケ岳に行きました

6月、福島市の知人よりお電話をいただき、夏休みに子供達のキャンプをしたいとのご依頼をいただきました。とにかく「きれいな空気を吸いたい」「安心して野菜を食べたい」ということが願いでした。

被災地のために何か役にたちたい!という思いでいる中でのお電話でしたので、すぐに受け入れを承諾いたしました。今回の震災による、特に原発による被害の多大な地域からの要請でしたので、愛の家だけで留めてはいけない、と示され、駒ケ根市や社会福祉協議会にご相談し、「被災地子供リフレッシュ・ボランティア・駒ケ根」という市民のボランティアグループを立ち上げました。

この働きは、被災地の子供達ならだれでも受け入れ、駒ケ根を中心に伊那谷の市民によって、被災地の子供達を伊那谷の自然の中に受け入れ、心身共にリフレッシュしてもらうために行う様々な活動を基本の理念とし、教会関係の子供達はもちろん、被災地の子供達はだれでも受け入れたい、そして、その働きに賛同する人は誰でも様々な方法で参加してもらう!という内容です。

21日(日)の礼拝後に福島を出発し、夜8時すぎに愛の家に到着。到着後チャペルにて歓迎のひと時をもちました。アガペーCGNを代表して、峯野龍弘師の歓迎の挨拶を持ってキャンプ開始となりました。


4日間、天候は雨続きでしたが、子供達の外での活動の時には不思議必ず雨が止められ、活動に大きな支障もなく、事故や病気もなく守られました。ボランティアの人たちも、「不思議だ、不思議だ。子供たちが外で活動するときには、さっきまでの雨がやんで、ギラギラ太陽・・・何かあるに違いない。」と天候のことを話題にされていました。

今回は、市民の手で被災地の子供達を迎えたいという思いの中で、多くの野菜や米の献品や、掃除や食事の準備片づけのために毎日通って下さるヘルパーチーム、お筝(こと)の先生の演奏や市民ボランティアリーダーの方々によるキャンプファイヤーの時、染物や機織りの体験や、アフリカン太鼓とファイヤーダンスのチームによる演奏と体験、「駒ヶ根パノラマ愛の家」の山や川で虫や沢ガニを採ったり、川遊びをしたり、ブルーベーリー狩りをしたり、と盛りだくさんな4日間でした。

キャンプファイヤー

アフリカン太鼓

ダンス

きれいな南アルプスと中央アルプスが見れました

放射能の脅威を心配せずに、野外で子供達がのびのびと遊び、大人もそれを見守り、窓も開け放って夜も休めることの解放感・・・。駒ケ根ではあたりまえのことですが、福島では当たり前ではなく、日々戦いであり、子供達も野外で活動することがなくなり、体力も落ち、ストレスも多くなっているといいます。夜には、ボランティアの皆さんにスタッフの先生方が現地の生々しい現実を語って下さり、報道等ではわからないそこに生きる人々の苦難と戦いをお聞きし、祈らざるを得ない思いでした。

放射能と未だ続く余震と戦いながら、子供達と前に向かって歩んでおられる先生方や保護者の皆さんのココロと勇気を沢山感じました。また、子供達の素直なココロに「何かしたい!」と始まったキャンプでしたが、逆に多くをいただいた思いのする4日間でした。

福島への熱い思いが、駒ケ根市や一般市民を動かし、子供達を通じて、多くの方々が愛の家に集い、子供達と共にすごし、4日間のすべての活動が支えられました。背後の多くの祈りと支援を感謝します。

今後も希望により、被災地の子供達を随時受け入れて、ボランティアの交流も深めていきたいと願っています。