2011年8月14日

第16次:8月8日(月)~12日(金) 岩手県、福島県

8日は一関までの移動。11名の参加者です。翌朝に備えて早めに就寝。

9日は午前4時起床。午前4:30に出発して遠野市のボランティアセンターへ向かい、いんげんの収穫ボランティアに派遣されました。猛暑の中の活動で汗だくになりましたが、心はさわやかでした。



10日は午前6時に起床し、ボランティアセンターから、ふれあい隊(傾聴)チームと瓦礫片付けチームに分かれて、活動しました。




朝の朝礼には全国からのたくさんのボランティアが集まります。




<がれきの撤去チーム ~釜石市内の小学校~>

午前8時にボランティアセンターから出発し、10時ごろに釜石市の小さな漁村の町に着きました。現場の本部となっている小学校の建物で説明を聞きました。この小学校自体も大きな被害を受けていました。2階と3階の間の高さまで津波が来たようです・・・。

釜石市の小学校の2階の教室部分です。津波はこんな所にまで上がってきました。


2階から3階の屋上に上がる階段です。写真に赤でマークしているラインまで津波が来ました。津波がきました。


学校のプールに浮などの漁具が集められていました。



午前の作業は写真の上の部分の空き地を片付ける作業でした。本来その空き地は、ある年配の女性の家でしたが、津波で壊れてしまいました。お盆を迎えて家族や親戚に壊れた家を見せるよりは、家はなくなってしまったけれども、かつて家のあった場所を見せようとしたご本人の願いでその空き地を片付け、草取りをしました。その方は近くの仮設の家に住んでおられましたが、ボランティアのためにアイスクリームを買ってもらって胸が色々な思いで複雑でした。

午後の作業は学校から海の方に見える壊れた郵便局の跡地周辺を片付ける作業でした。汗をダラダラ流しながら一生懸命に作業させていただきました。


作業現場を背景としてはとうてい写真を撮ることができず、ボランティアセンターに戻ってきて撮った写真です。

津波がなかったら美しくて静かな漁村の町だったでしょうが、津波によって、一瞬に廃虚になった姿をみて胸が痛みました。多くのボランティアたちが作業を行っていますが、まだまだたくさんのものが津波当時そのままの姿を見ながら、『復旧のためにもっと多くの人々が必要だな』と思いました。


<ふれあい隊チーム ~大船渡市~>






道中には、壊れた巨大堤防がありました・・・。


大船渡市の小学校。窓ガラスもなく、土砂やいろいろなものが入り込んでいます。

11日は、午前6時に岩手県一ノ関にある拠点を出発し、アガペーCGNの福島倉庫へ向かいました。水と子供服などを積み込み、物資配給の奉仕を行いました。福島県内の施設などにお届けすることができました。





12日も午前8時より物資配給を行いました。どこも大変喜んでくださいました。

0 コメント:

コメントを投稿