物資の積み込み作業と、人力でのガソリン給油

灯油、米、水、お菓子、カイロ、防寒着、タオルなどの物資を積み込んでいる様子です(左)。被災地ではガソリンスタンドは津波で流されていましたが、地下にあるガソリンタンクは無事で、人力でガソリンを支給しました(右)。

被災地の小学校でのコンサート

岩手県のA小学校でのコンサートの様子です。1年生が特にノリノリでした。演奏に合わせて、全身でトトロの「さんぽ」などを歌ってくれました。

泥だし作業

海から2Kmぐらいの場所にあった事務所も、1.5m床上浸水の被害に遭っていました。次の日に海水は引きましたが、3cmの泥がたまっており、そのこびりついた泥を掃除している様子です。

岩手県での炊き出し

岩手県大槌町で行った炊き出しの下ごしらえをしている様子です。250人分の食事を用意することは相当な力仕事でした(左)。右の写真は、岩手県陸前高田市での地域の人々との昼食会(炊き出し)です。

被災した家の修理と、一軒一軒回っての物資支給

地震でかみ合わせが悪くなり開閉できなくなってしまったAさん宅の扉を、修理している様子です(左)。被災地の一軒一軒に声をかけて、物資を届けました(右)。

2015年8月25日

第68次:2015年8月16日(日)~20日(木) 陸前高田市・大槌町(岩手県)、郡山市(福島県)


今回は初期の頃から今なお交代で大槌に向かっているベテラン運転手3人が隊員として派遣されました。道なき道を行く、道が毎月のように変わっており、ナビがあてにならない・・・状況の中、運転手は貴重です。今までに多くの隊員が現地入りしましたが、この組み合わせは初めてです。百聞は一見にしかず!現場を見ながら貴重な情報交換の時となりました。

震災直後から大槌町だけでも50ヶ所以上を継続的に訪問していますが、今回も身を粉にして地域に仕えておられる各リーダーたちと連携し「こんにちは訪問」(忘れていませんプロジェクト)で行ってきました。どこに行っても顔を見るだけで喜ばれました。

常に祈りつつ、ほとんどが風の吹くままでしたが、ドンビシャのタイミングで各所を訪問させて頂きました。3秒遅くても3分早くても会えなかった「お母さん」「お姉さん」たち・・・まさかの「桜の木々のお別れ会」・・・。それにしても素晴らしい景観と人々に逆に癒されてきました☆震災直後からの風景がかぶりつつ、『よくここまで復興できたなあ』と思う一方で、『復興はまだまだだなあ』とも感じつつ、まさに祈り続けてのミッションでした。

2015年6月18日

第67次:2015年6月8日(月)~11日(木) 岩手県大槌町


今回は「料理チームをもう一度」のリクエストを受けて、男性2名、女性4名の計6名の隊員がもう一度現地を訪問しました☆今回のメニューは、場所によって違ったのですが、「ビーフストロガノフ」「野菜とイカのマリネ」「ナタデココ入りフルーツコンポート」「パエリヤ」「イカのゲソを加えたかぼちゃの煮物」「あさりのトマトスープ」などでした。


6月8日(月)

午前8時半に新宿を出発し、途中で調理器具と食材を車に載せ、一路、東北へ。東北道から見る山々はまだ頂上に雪があり、緑が眩いほどの美しさでした。道路沿いの標識は気温27度を示しており、夏がもうすぐそこまで来ている感じでした。大船渡の宿舎に到着した頃は午後6時過ぎ、まだ夕暮れの明るさが残っていました。今回は料理教室を持つことが主な活動内容でした。食材を買い揃え、料理の手順の確認、日程の調整を済ませて早々に休みました。

2015年5月25日

第66次:2015年5月19日(月)~23日(金) 岩手県大槌町


今回はアガペーCGN始まって以来初の「大槌町内を自転車で・・・喜びの再会☆」でした!東京から大槌町までは夜行バスを利用し、今回現地で購入した自転車を使用しての大槌町内の各所訪問でした。今まで現地のニーズは、日毎・週毎・月毎・年毎に変化してきており、それにできるだけ寄り添えるように不完全ではありましても、その時々の最善を尽くしてきたつもりですが、今回の企画は2年目からチラチラッと脳裏を横ぎっていた内容です・・・。そして、時が熟してようやく決行!

今回の隊員は既に何十回も大槌町を訪問していますので、「道(ナビは全く役に立ちません)」や「避難経路」はたぶんばっちりでしたが、万が一をいつも覚悟しつつ、常にフル装備で自転車での移動。大きなリュックや自転車のかごの中には、常に各所へのお土産、作業着、長靴、軍手、タオル、非常食・・・様々な物が入っており、大槌の皆様から「わぁ、すごい!ドラえもんみたい!何でも出てくるね。」と言って頂けました。

2015年4月18日

第65次:2015年4月6日(月)~9日(木) 岩手県大槌町

今回は、初参加の2人を含む男3名、女3名で初期の頃から継続してずっとお世話になっている方々と連携して、「農作業と「お掃除」に行って参りました☆



4月6日(月)

朝8時過ぎに皆様に見送られて出発しました。東京は快晴でしたが、北上するにつれだんだんと雲が増え、パラパラと小雨が降ってきました。パーキングエリアで昼食をとり、順調に東北入りしました。

午後4時前には陸前高田キリスト教会のM先生を久しぶりに訪ねました。突然の訪問にも関わらず、先生はニコニコ笑顔で教会の周りを案内してくださり、近況を聞かせてくださいました。他の被災地同様、陸前高田市でも現在、地盤引き上げの工事が進められています。たくさんの重機が入り、道路以外の土地に土が高く盛られていました。以前は高台に立つ教会からも見えていた海が、もう半分も見えなくなっていました。それでもまだ予定の半分の高さほどしかないそうです。工事が全て終わる頃には、きっと海は全く見えなくなるのでしょう。長年海に親しみ、暮らしてきた方々を思うと、なんとも言えない気持ちになります。教会のすぐ近くに桜の木が立っていました。震災後、東北では何万本もの桜の木が津波到達ラインに沿って植えられたそうです。その桜の木が、ピンク色の花を咲かせ始めていました。当時を思い起こさせる、しかし希望も感じさせてくれる、そんな桜の花です。その木の向かいに、津波によって崩壊したままの姿で建つ一軒の家がありました。家主のおばあちゃんが最近亡くなられ、結局手を付けられずにそのままにされているそうです。少し離れたところには立派な復興住宅がそびえ立っていましたが、高い家賃のために入居者不足なのだそうです。そんな中、震災前は年に数回しか教会に来なかったある女性の方が、その復興住宅に移り住んだ後、今は毎週の礼拝に来られているのだと、嬉しそうに話してくださいました。震災は多くの変化をもたらしましたが、目に見える表面的な復興もさることながら、人の心の復興も、少しずつでも進められているようです。

2015年2月28日

第64次:2015年2月16日(月)~19日(木) 岩手県大槌町


今回はプロのヴァイオリニストのOご夫妻を含む男3名、女2名で、各地を訪問させて頂きました。


2月16日(月)

東京を朝出発し、寒さの心配もなく守られて19時に大船渡の宿泊地に到着。明日からの、打合せと練習、また仮設での「お茶っこタイム」の仕込みをして備えました。


2月17日(火)

曇り空の中、あまり寒くはない朝、出発直前に震度3の地震があり、津波注意報が発令、サイレンが鳴り渡りました。もしかすると大槌町迄の途中で通行止めがあるかもしれないとの情報をききつつ出かけました。途中の山沿いの道ですれ違う車は何時もとかわらない通勤風景の様にも思わされましたが、駐車場ではびっしりと沢山の車が停められていて、町を通り抜ける時は人が全くいないのに気が付き、不安な気持になりました。復興道路などの仕事の方々は山から心配そうに海を眺めていました。

そして無事に大槌に到着。最初の訪問地、A仮設団地集会所に行きましたが、大槌町では避難指示が出ており、集会所のスタッフの方々も、これでは出て来ることが出来ないので暫く様子を見てはどうかと勧められ、待機しました。そういう中に予定時間になると、それでも一人の方が来られました。その方は、『一人で自宅にいるよりも良い』という思いで出てこられたそうです。この方は最近、この仮設に移って来られたとの事で、現在も仮設から仮設への移動があるようです。その方は一人なら帰ろうかしらと言っておられたのですが、最後まで残って下さいました。その内津波注意報が解除され、仮設スタッフが1軒1軒声掛けして下さったようですが、人々は中々出て来られません。私たちも仮設を少し周ってみましたが、人の気配もなく、入居者自体が減り、日中外に出る方も多くなったのだと思いました。しかし玄関におられる方が一人おられたので声をお掛けすると、後で来て下さいました。バイオリンの演奏に合わせて一緒に歌い、「愛してくれてありがとう」というパペット劇に見入って頂き、昨夜仕込んだ、お汁粉と一夜漬けでお茶をしながら、皆さんとお話をする事が出来ました。そして帰りには、今日は久しぶりに大きい声で歌いましたと、喜んで帰って行かれました。皆さん笑顔で話しをして下さいますが、4年経ってもまだまだ緊張と不安の中にある被災地の現状を覚えました。集会所の隣にある商店とは交わりがあるので、ご挨拶をして、次の訪問地に向かいました。